【G大阪 vs 札幌】プロの世界で必要なのは『結果』。その気づきから積み上げた、倉田秋の300試合。

2020年10月30日(金)


ガンバ大阪ユース時代の倉田秋は、ある意味、アカデミーの後輩選手から『伝説』のように語り継がれていた。

「えげつないうまかった」

大きくまとめれば、そういう結論だ。宇佐美貴史、大森晃太郎(ジュビロ磐田)、安田晃大(南葛SC)、大塚翔平…。世代を超えて、ともすれば学年的には同時期にユースチームに所属していない後輩までもがこぞってアカデミー時代の『倉田伝説』を口にした。その中では当時の倉田の印象として「あまり多くを語らないけど、あの目で睨まれたらマジで怖った(大森)」という声もよく聞いたが、物静かな雰囲気とは対照的に高い技術を従えてピッチで見せる輝きが、中学、高校年代の選手の目には「格好良さ」として映り、それが憧れに変わっていたと記憶している。

それだけに、倉田が07年にトップチームに昇格してからの3年間、控えに甘んじた事実は、ある意味アカデミーの後輩にとっても驚きだったはずだ。もちろん、自信を従えてプロの世界に飛び込んだ倉田自身にとっても。当時の彼のポジションはボランチ。遠藤保仁(ジュビロ磐田)や橋本英郎(FC今治)、明神智和ら日本代表クラスのライバルを前にしても「やれる」という自信は揺らがなかったが、出場試合数は思うように増えず、3年目のJ1リーグへの出場は3試合にとどまった。

「そうそうたる顔ぶれを前にしても、自分が負けているとは思わなかったけど、かといって自分がその人たちより結果を残していたかといえば全然そうじゃなくて。ある時、紅白戦を外から見ていた時にふと、そのことに気づいて『俺、何をしてるんやろ』と目が覚めた。ちょっと遅いくらいだったけど」

その『気づき』を経て、翌年、倉田はジェフユナイテッド千葉へ期限付き移籍。ポジションをよりゴールに近いサイドハーフに変えた中でJ2リーグ開幕戦からゴールを決めて29試合8得点と結果を残すと、翌年はセレッソ大阪に再び期限付き移籍。前線の厳しいポジション争いを制してJ1リーグ33試合10得点と、初の『二桁』を実現する。そうして12年、倉田は満を持してガンバ大阪に復帰した。

以降、彼が示してきた存在感は今更説明するまでもないはずだ。特にガンバの『10』を背負うようになった17年以降は圧倒的なフィジカルと足元の技術を武器に前線を躍動。チームに不可欠な存在へと成長し、気がつけば、前節の柏レイソル戦で、J1リーグへの出場は『300』に。プロになりたての頃、紅白戦にさえ出られずに、ピッチの横でボール回しをしていた彼が、だ。

「一番近くでヤットさん(遠藤)の記録を見ているので、まだまだ目指すところは遠いなという感じです。毎日、毎試合、必死にやってきただけというか、その積み重ねの結果なので今後も続けていきたい」

試合後にはさらりと言ってのけたが、「毎日、毎試合、必死」は決して簡単ではなく、それをどれだけ続けていても、誰もがピッチに立ち続けられるわけではないのがこのプロサッカー界だ。もちろん、どれだけ「えげつない才能」を持ち合わせていたとしても。だから彼は、自分に対して手を抜かない。

「どんなに自信があってもプロである以上『結果』がなければ評価はされない。そのことを常々自分に言い聞かせているし、だから今でも危機感しかない」

揺るがない自信と危機感を携えて、倉田は次なる高みを目指す。


文:高村美砂(G大阪担当)


明治安田生命J1リーグ 第25節
10月31日(土)19:00KO パナスタ
ガンバ大阪 vs 北海道コンサドーレ札幌
パナソニック スタジアム 吹田(ガンバ大阪)
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